特集

2008.08.03 Special Issue No.20

有機農業と地球の食 ~おいしくて安全なだけじゃない。 育まれる命の循環~3

食べられない…… 売るための農業

世界の環境や食料生産システムをいい方向へ転換していくと期待される有機農業。
かつて日本を含め世界各地で実践されていた農業です。
なぜ、一度衰退し、いま改めて注目されているのでしょうか。


世界の農業を変えた、緑の革命

1960年代からアジアを中心に広まった、「緑の革命」が、化学肥料や農薬に頼らない伝統的な農業を著しく衰退させました。緑の革命とは、高収量品種の作物の導入や化学肥料の大量投入により、米や小麦などの穀物の生産性を飛躍的に向上させ、食料を増産したことを指します。特に、熱帯アジア地域の穀物生産はこの30 年間でほぼ倍増しました。

緑の革命が爆発的に広まったのは、農業資機材の販売による利益を求めた先進工業国の企業や、世界の飢餓問題を解決したい国際援助機関が後押ししたことが要因です。こうした企業や援助機関の支援を得て、多くの開発途上国では、政府主導で緑の革命が推進されました。

開発途上国が世界の食料生産地に

また、先進工業国で工業化が進むにつれて、安い労働力を求めて、世界の農業生産が開発途上国へとシフトしていきました。日本を含め、工業化を達成した国々は、安い農産物を海外から輸入することで、農業従事者が農業を辞めて、工業部門を担えるようになったのです。経済成長を求める開発途上国政府にとっても、農産物を輸出することは重要な外貨獲得の手段となり、国をあげて国際市場向けの穀物や野菜の作付けを推進しました。こうして、開発途上国の農民が世界の人々の食料を生産するという構造が生まれ、より安くより効率的な農産物生産のために、単一の作物を栽培する傾向が広まっていきました。

貧しい農民が、食べられなくなった?

近代農業が推進され、世界全体の農業生産は増加したものの、農業が化学肥料・化学農薬で維持されるものに変わったことは、開発途上国の農民に大きな負担を与えました。作物を育てて農業で現金収入を得るために、多額の投資をしなければならなくなったのです。緑の革命がはじまった当初は飛躍的に収穫量が増えましたが、その後は投資した費用に見合うだけの収穫が得られていないのが現状です。

例えばバングラデシュでは、1970年代には28万トンの化学肥料を使用していましたが、1990年には204万トンに増えました。化学肥料の投入量が約7倍になる一方で、生産量は1.5倍しか増えていません。また、緑の革命で使われた種の多くは、自家採取できず、1代限りの種だったため、毎年、企業から種苗を購入する必要が生じました。その値段は市場に左右され、年々高くなっているといいます。

単一作物を育てることのリスク

ある作物の市場価格が大暴落した場合、その作物だけを育てていた農家は大打撃を受けます。つまり、単一作物に生計をたよることは、貧しい農民にとって大きなリスクとなります。自分たちで食べる作物を育てずに、生産した農産物を販売することで収入を得て食材を購入するようになった農民たちは、作物が売れなくなれば、自分たちが食べるものを買うことができなくなります。このように、農作物を生産している農村で、食べものがないという現象が起き得るのです。

実際に、バングラデシュでは米の栽培が奨励された結果、米の自給は達成したものの、農産物全体では、その生産高が減っています。ここ10年の間に魚の漁獲量は10分の1になり、卵や牛など他の農産物も減って、米だけが増産された状況に陥っています。そのため、米の価格が暴落すれば、農民たちは米以外の食べものを手に入れられなくなってしまうリスクにさらされています。

貧しい人々の「食」の確保は、日本の私たちの「食」の選択とつながっている

このように、開発途上国の人々にとって、地域で何をどのように生産するかは、毎日の食事を確保できるかどうかに直結します。しかし、現状では、自分たちが食べるための農作物ではなく、市場で売れる作物を、市場が望む方法で栽培せざるを得ない状況に置かれています。

日本をはじめ先進工業国が食料生産に関する開発途上国への依存を減らし、また開発途上国も、過度に農産物の輸出入に頼らずに自国で多様な農産物を作付けして、持続可能な農業への取り組みを行うことが、貧しい農民が自立し、飢餓をなくすことにつながるのではないでしょうか。


HFWバングラデシュでの有機農業の推進

HFWバングラデシュでは、持続可能な農業を推進するため、活動地のボダ郡で農業訓練センターを運営。国内外の有機農業専門家を現地に派遣し、バングラデシュの伝統的な農法と照らし合わせながら、土地に合った有機農業を研究・実践しています。

有機農業が推進されるまでは、この地域は乾燥地であるにもかかわらず、潅漑設備と化学肥料を使って稲作だけが行われていました。HFWは、専門家や農民を交えて、地域に合った作物を検討。乾燥に強いオクラやケナフ、ヒマワリも作ることにしました。

また、2000種類の植物を植え、土壌改善を試みました。砂地で作物を作ることは非常に難しく、当初は健康的な作物が育ちませんでしたが、その後2年間で土壌改善の兆しが見えてきました。

一方、農民は、化学肥料を止めて、有機農業に移行する際に一時的に収量が減ってしまうリスクが怖く、なかなか有機農業に転換することができません。そうした状況のなかで農民の有機農業への力づけを行うため、農業技術の研修だけではなく、各国の有機農業の成功例を取材したドキュメンタリーの上映会を開催するなどの工夫も行っています。

また、農業訓練センターに学校を併設。地域の子どもたちに、小さなころから環境や有機農業について学ぶ機会を提供しています。

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