特集

2009.06.01 Special Issue No.24

命を救う、幼児教育 ~飢餓や貧困に直面する子どもたち。就学前の学びと発達~

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INDEX

開発途上国の幼児教育の可能性 1

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対談 専門家 × ベナン担当スタッフ
お茶の水女子大学准教授:浜野 隆 先生
開発事業部ベナン・ブルキナファソ担当(当時):冨田沓子

あまり実態の知られていない開発途上国の幼児教育には、どのような現状と課題があるのでしょう。そして、その役割は?

中西部アフリカ5ヵ国から幼稚園教員を日本に受け入れ、研修をコーディネートするお茶の水女子大学の浜野隆先生に、ベナンの農村で幼稚園(※)の運営を行っているハンガー・フリー・ワールド(HFW)の担当スタッフが、お話を伺いました。


※ HFWは、子どもたちへの教育機会の提供、生活習慣指導による健康・栄養状態改善を目的に、2006年10月から、ベナン南部ベト村で幼稚園を運営しています。現在1棟3教室に、3~5歳の約140名が元気に通っています。

冨田:
HFWは、2006年10月から西アフリカ・ベナン南部のベト村で幼稚園を運営しています。今では少しずつその成果が見えてきていますが、事業開始当初、幼児教育の支援に踏み切るには、効果や優先順位に関して疑問がありました。一般に開発途上国において、幼児教育はどのような役割があるのでしょうか。

浜野先生:まずは、子どもたちに就学前の予備教育を提供することです。例えばベナンなど西アフリカ諸国では、小学校でも進級試験があります。子どもたちが準備なく小学校に入り、勉強についていけなくなって留年してしまい、それが原因で退学してしまうことが少なくないのです。
特に、農村に住む子どもたちは、両親も学校に行っていないことが多いため、家庭で公用語であるフランス語に触れる機会がほとんどありません。小学校に入学した日から急に公用語のフランス語で授業を受けなくてはならなくなり、フランス語に触れる機会のある都会の子どもたちと比べて学ぶ速度が遅くなってしまいます。それでも勉強を続けるには同じ進学試験を受けなくてはならないのです。
幼児教育を通し、このような格差を埋められればいいのですが、幼児教育施設は都市部に集中しています。幼稚園のほとんどが私立で、公的補助がないため、独立して採算がとれる、つまり費用の支払い能力があり、子どもに幼児教育を受けさせようという意識の高い親がいる地域に集中してしまうからです。
幼児教育が農村部でも普及すれば、就学前から生まれてしまう学力格差を埋めることができるはずです。

冨田HFWが運営する幼稚園の卒業生は、小学校でも先生の質問などへの反応がとてもいいし、発言も活発だという評価を受けています。言語の土台は小さいうちが重要だともいいますよね。

浜野先生:そうですね。脳の機能には幼児期に著しく発達するものもあり、場合によっては小学校の6年間でもその発達の差を埋められないこともあります。それは子どもたちの身体の発育に関してもいえます。農村地域の貧困層の子どもたちの多くは栄養状態が悪く、きちんとした衛生習慣も身についていないため、病気にかかりやすくなっています。幼稚園では、給食で子どもたちが必要とする最低限の栄養を提供し、定期的な健康診断を行う機会を確保するなど、貧困層の家庭では行うことのできない保健面でのケアを行うことが可能です。

冨田:ベト村幼稚園でも、手洗い指導などの衛生教育や栄養教育を積極的に行っています。そこでおもしろいのが、子どもが家でご飯を食べる前に「手を洗った?」とお父さんやお母さんに聞くようになるなど、家族の習慣にも影響を与えることです。中には、子どもたちの変化がうれしくて、お父さんが子どもの身支度などの家事を手伝うようになったという話も聞きます。

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トイレの時間のあと、手を洗う子どもたち


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浜野先生:冨田さんがおっしゃったように、衛生教育や栄養について家族に伝わるという効果が大きいことも研究されていますよ。幼い子どもは変化が著しいので、家族に与える影響も大きくなります。
またアジアの農村でよくみる例ですが、幼児教育が普及することで、幼い弟妹の面倒を見るために学校に行けなかった子どもたちが、学校に通えるようになります。これは、特に女子の就学率を上げるのに効果的とされています。またお母さんが自由に使える時間が増え、農業など仕事にあてる時間を増やせるので家庭の収入向上につながることも確認されています。日本の保育所が果たした福祉面での役割と同じですね。
幼児教育というのは、子どもたちの成長や家庭に対してさまざまな役割を持っています。その現場は、まさに、教育、保健、福祉の交差点といえます。

冨田:単純に教育の場だけではないことがよくわかりました。ですが、ベナンの幼稚園には、フランス語を教えこむことに熱心で、できなければ棒でたたく所もあります。

浜野先生:多くの開発途上国では、幼児教育をあくまでも「勉学の場」として小学校以降の教育と同じに位置づけられていて、国の規定で指導要領が細かく決められています。何月何日に何を教えるかまで決まっているんですよ。これでは、子どもの個々の発達に合わせることができません。幼児教育は、知識を身につける以前に子どもの発達を促す場です。また、幼児の個人差は驚くほど大きい。考えてみてください。同じクラスで3歳1ヵ月と3歳10ヵ月の子では、全然違いますよね。幼児教育では、一人ひとりの子どもに対応する視点が必要です。そのため日本の教育要領や保育指針には、カリキュラムに関する細かな取り決めがありません。これをアフリカの幼稚園教員に話すと、とても驚きますね。

冨田:ベト村幼稚園の先生たちは、もともと地元の小学校の先生だったんです。彼らも、教科書通りに教えればいい小学校とは違って、幼稚園では毎日の授業内容を工夫しなくてはいけないのが一番大変だったと話してくれたことを思い出しました。でも、今では、子どもたちの反応を見ながら新しい教材もつくれるんですよ。

浜野先生:日本では、保育日誌をつけて子ども一人ひとりの成長を把握し、保護者と密に連絡をとることが通例化されています。このように、一人ひとりの子どもを主体に指導内容を考えるという取り組みは「子ども中心(Child-centered)」アプローチと呼ばれます。もちろん、日本の幼児教育のやりかたを、そのまま開発途上国にあてはめて上手くいくとは思いません。ですが、そもそも多くの開発途上国では、その国や地域の現状にあったカリキュラムや指導方法がまだ十分に発達していないんです。

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歌いながら名前の書き方をおぼえる

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ベナンでつくられた教材。文化が反映されている


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冨田:保育日誌というのは大変参考になりました。ベト村幼稚園でも、農村部での前例がなかったため試行錯誤しています。先生の養成では、子どもの心理を学び見守る力をつける研修からスタートしました。幼稚園の自立運営のために政府に登録することも考えたのですが、そうすると一律のカリキュラムに沿わなければならないので、まず数年間は独自に運営し、農村部に住む子どものニーズにあった指導方法をモデル化しようと考えています。

お茶の水女子大学准教授 浜野隆(はまの・たかし)先生
お茶の水女子大学・文教育学部・人間社会科学科准教授。専門は、教育援助、国際教育開発・協力、アジア・アフリカの教育開発。大学では教育学を専攻し、友人や先生の影響を受けて国際教育協力の研究をはじめる。
2004年に日本の幼児教育発祥の地であるお茶の水女子大学に移ったことがきっかけで、幼児教育分野の国際協力にも関わるように。
現在、独立行政法人国際協力機構(JICA)の委託で中西部アフリカ5ヵ国からの幼児教育教員研修をコーディネートしている。


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