|
2月10日
:帰国前夜 |
|
ついに、明日は日本に帰る日となってしまいました。今日は偶然にも土曜で休み。主要なショッピングモールをまわり、お土産を買い揃えてきたところです。
バングラデシュに滞在したのは1ヵ月半ほどです。自分にできること、自分のやりたかったことはほぼ達成でき、思い残すことはほとんどありません。けれど、ここで知り合った人たちとお別れするのは、とても寂しいです。と言っても、またバングラデシュには絶対帰ってこようと思っているので、まと今度会おうね〜という感覚ではありますが……。
ただ一つ最後に言えるのは、バングラデシュを訪問して、本当によかったということ。ここには、日本の人たちが忘れてしまったような『人間らしさ』が溢れています。一見ゴミは多いし、汚いし、臭いし、電気はよく停まるし、お風呂もちゃんとしてないし、etc……で、嫌になってしまう人もいるかもしれません。しかし、慣れてしまえば、こんなに住みやすい国はないと思います。もちろん、バングラの人たちに悩みが全くないかというと、そんなことはないんですけれども……。
バングラデシュも、今後経済がどんどん発展していくと思います。願わくば、人間らしさを失わず、今のままのバングラデシュで豊かに発展していってほしいということを強く感じました。
|
|
2月2日
:バングラデシュの結婚式 |
|
今日は金曜日なので、お休みのはずだったのですが、なぜか事務所の入っているビルの屋上で行われる結婚式の準備の手伝いをしています。
実は僕の知っているアキさんの結婚式。彼女は、事務所の上の階に住んでいる、ミトンさんの親戚の娘さんで、何度か事務所に来たことがある人です。
ここで驚いたのは、なんと彼女の結婚はSettlement Marriageだったということ。つまり親が結婚相手を決めるということです。昔の日本ならいざ知らず、僕の感覚からすると、とても信じられません。都市部を中心に考えは変わってきているものの、バングラデシュでは、まだまだ親が結婚相手を決めるということは当然のこととして受け止められているようです。もちろん恋愛結婚する人たちもたくさんいるようですが、親が決めた、本人は気の進まない結婚をしてしまう人たちも数多くいると聞きました。ただ、アキさんの場合は、本人も満足した幸せな結婚だったということで、とても安心しました。
ところでこのアキさん、すごく綺麗な方でした。僕が会ったバングラデシュの女性の中でも一番綺麗だったのでは……。そんな彼女が結婚すると聞いた時は、暑いバングラデシュなのに、胸の中に木枯らしがぴゅっと吹いたような気がしました。
|
|
1月24日
:「パンツははいているか?」 |
|
最近までの僕の仕事といえば、外務省のNGO支援無償資金協力を受けた事業の完了報告書の作成を補助すること。ようやくそれも一段落。そんな安らかな日の午後、ルンギを着てキッチンでミルクティーを作っていると、HFWの青少年組織であるYAHの代表が僕の方に近寄ってきました。
ルンギとは、バングラデシュの男性が着用する伝統的な衣装のこと。街中でも多くの人が着ているほか、寝巻きとして使用している人もたくさんいます。過去にバングラデシュでインターンをしていた羽田くんもインターン日記の中でルンギについて書いているのですが、とにかくこのルンギ、着ていると非常に快適で、1日中ルンギを脱がないで過ごしてしまう日もあるほど。HFW事務所の中には昼にルンギを着用している人はおらず、着ているのは僕だけ。というわけで、ルンギマンというあだ名もつけてもらいました。
そんなルンギ姿の僕に、YAH代表のリモンくんが近づいてきました。彼はおしゃべりなバングラデシュ人にはめずらしく、普段は寡黙でおとなしい青年。しかし近づいてくるなり僕に尋ねたのは「パンツははいているか?」。一瞬何を聞いているんだと思ってびっくりしてしまったのですが、恥ずかしながらも「はいてるよ」と答えると、「ダメだ。ルンギは快適さを重視しているのに、パンツをはいていたら快適じゃないだろう。夜1人になったときでいいから、ルンギの下に何もはかない練習をするんだ」と言われました。なるほど、そうなのかと思って「わかった」と答えたのですが、次の瞬間ちょっと疑問が生じて次のような質問をしました。「ところでルンギの下に何もはくなと言うけど、じゃあ街中でルンギを着ている人はみんな下着をはいてないの?」。リモンくんの答えは「イエス」。どうやらバングラデシュでルンギを着用している人は下着をはいていないらしい。バングラデシュの人の適当でおおらかな性格はこういうところからもきているのかもしれないと思った、うららかな午後のひとときでした。
|
|
1月18日
:毛布・防寒着支援(その2) |
|
ダッカにいるストリートチルドレンの親の多くは、地方から職を求めてやってきたものの仕事がない、という人たち。つまり、彼らの出身地である農村に安定した収入を得られる職があれば、人々がダッカへ流入することを防ぐことができ、結果としてストリートチルドレンの問題が緩和されるのです。
HFWは、農村で活動を行い、そこに暮らす人々がしっかりと収入を得られるよう手助けをするという、根本的な支援を担っています。首都ダッカでの活動は啓発が中心で、ストリートチルドレンへの直接的な支援活動は残念ながら行っていません。
しかし、HFWが手の届かないところにはABのような団体が支援しています。HFWやABのような団体が手の届かないところにはきっと他の団体が支援を行っていることでしょう。いろいろな団体がそれぞれの特徴をもってバングラデシュから飢餓・貧困を失くすために活動している。こう考えると、いやはやすごいものだと1人感心してしまうのでした。
|
|
1月18日
:毛布・防寒着支援(その1) |
|
今日は、バングラデシュにあるHSBCという銀行による、ダッカのストリートチルドレンに毛布を配るイベントに参加させてもらいました。
今回HSBCが毛布を配布したのは、Aparajeyo Bangladesh(AB)という現地NGOから支援を受けている子どもたち。このNGOはシャプラニールという日本のNGOから資金協力を得て、親がなく、住む家もないダッカの子どもたちに、教育や食事、宿泊場所などを提供しています。
ところで、僕がバングラデシュに来てから毛布配布イベントに参加するのは、今回で2回目。前回は毛布をもらう人が配布場所に受け取りに来ましたが、今回は車に乗って子どもたちが寝泊りしているABの施設を訪れ配布します。
施設には1ヶ所で男女50人くらいの子どもたちが寝泊りしています。大きな部屋にみんなで雑魚寝。僕がABの施設を訪れたのは夜の10時〜12時頃。みんなぐっすり寝ていたのですが、硬く冷たい床に毛布を1枚敷いただけで、上は1枚の掛け布団を2、3人でシェアしている状態でした。子どもたちが昼間は何をしているのかABのスタッフに尋ねたところ、この施設で教育を受けている、それ以外の時間は花やお菓子などを売りに、路上に出て行っている、とのことでした。
HSBCの人から聞いた話によると、ダッカには少なくとも4万人のストリートチルドレンがいると言われていて、ABが支援している子どもの総数は150人ほど。他にもNGOはたくさんありますが、4万人の子どもすべてに支援が行き渡るほど十分ではありません。ダッカのストリートチルドレン問題を解決するためには、もっと根本的な支援も必要だということでした。
|