| 8月19日続き:1歩あゆみを手伝ってくれたら、私たちは10歩がんばれる |
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午後、モストファプール村へ。村のYEHメンバーのピクルさんは、YEHが働きかけて、村人による組織VDC(農村開発委員会)ができ、村全体が立ち上がったこと。今はVDC自身がきちんと活動を進めていること、新しい活動を始める際にはYEHに相談してくれたり、パートナーシップが築けていること。YEHは、養蜂、養魚などをしていることを話してくれた。 VDCの1人は「HFWが1歩あゆみを手伝ってくれたら、私たちは10歩がんばれる」と話してくれた。事業を見ると、着実に村人の生活が向上しているのがわかった。 その後チャプライル村で、ココナツジュースをご馳走になる。参加者から、持参金をなくせないのかと村人に質問。なかなか難しい、しかしなくしたいと思っているとのこと。
スタディーツアー参加者の感想 村人は明るく元気だし、貧しそうに見えなかったという、参加者の感想が多かった。それに対し、ミトンは貧困は見えにくいと、5人の兄弟を亡くした自分の経験を交えて話してくれた。 さらに、道端で寝たり、牛小屋に台所がある人、1日3度の食事が取れない人が多いこと、乳幼児死亡率や下痢、肺炎の率が高いこと…。明るく見えるのは、宗教の影響で、現状を神様が与えた運命と受け止めているからかも。そして、もっと村人と話をして理解を深めて、理解したことを日本の人にシェアして欲しいことなども話してくれた。
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| 8月19日:シングルマザー、モルジナさんと過ごす |
午前、カリガンジ職業訓練・地域開発センター(TDC)へ。TDCの中のケトン・パッシャラ小学校の子どもたちが花を渡して歓迎してくれる。ベンガル語、数学、英語を教えている。英語が好きな子どもが多かった。制服は1着しかないので、制服を着ていない子どもは、洗濯中だとのこと。建設中の校舎づくりの手伝いや、下校時間のスクールバスならぬ、スクールリキシャこぎに挑戦。みんな何でも体験したがる。若いなあ。
その後、HFWの初等教育学校に通うモルジナさん20歳が、自分の生活について話してくれた。 「HFWの縫製訓練を受けた後、3000タカ(=約6000円)のローンを受けて縫製の仕事をしています。夫が別に女性をつくり、1人で5歳の娘を育てているので自立する必要があったのです。ペチコートは注文受けて20分で仕上げることができて、5タカ。1日平均100タカ(=約200円)で、けっこうな収入になって、とても嬉しい。1年間で全て返済する予定で、1700タカはもう済みました。子どもも学校に通わせてたほか(学費は1ヵ月60タカ=約120円)、ヤギを2匹購入した。育てて売れば、収入になります。」 彼女は、前からこういう仕事がしたかったそうで、いきいきしている。
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| 8月18日:YEHバングラデシュの驚きの組織力! |
午前中は、YEHバングラデシュの国内会議の開会式に参加。会場には、独立50周年の2021年までにバングラデシュの飢餓をなくそうと書かれた立派な垂れ幕がかかっている。 YEHバングラデシュメンバーは、受付や会場案内などしっかりこなしている。150人以上集まっているようだ。メディア席もある。 NYCの開会宣言が行われ、タゴールの詩とメロディとともに、ダンスが披露される。ゲストのスピーチ。 飢餓をなくす宣言文に、バングラデシュと日本のYEH、参加者みんながサインをする。
夕方、カリガンジ郡に向け飛行機で移動。 19:30ホテルに着くと、いきなり2度も停電。私の部屋の風呂場では、タンクのホースが外れ、お湯が吹き上げた。修理に時間がかかる。トイレの電気がつかない部屋もある。それ以外にもいろいろあって大変だ。あー、また停電。一緒の部屋の三好さんが、電気を直しに来たホテルマンに名前を聞かれている。三好さんはどこでも人気者だ。 |
| 8月15日-17日:日本からのスタディツアー一行が到着 |
朝食。10:30いよいよボダとお別れ。パンクしないことを祈りつつ、ダッカに向かう。22:00ようやくダッカ着。もう遅いので、ホテルのレストランでスープだけ注文する。
日本にメールを送ろうとするが、電話番号が違うとのことで送れない。
16日 午前中ストライキ。危険なのでホテルで過ごす。午後から仕事。メールが55通も…、緊急なものから返事を書く。
FAO日本事務所によるHFW事業視察のスケジュールについて、FAO現地プロジェクトマネージャーM氏と打ち合わせ。M氏は日本に4年間いて、日本語が少し通じるので、親近感が湧く。
今日は日本のスタディツアー一行が到着する。00:22到着のはずが、空港に確認すると22:20とのこと。どう考えてもおかしいが、夕食を簡単に済ませ空港に向かう。しかし、空港に着くと遅延で00:08到着となっていた。遅延も何も、本当は予定通り…。
00:45全員無事に到着。ホテルに向かう。2:00インフォメーションをして、各自部屋へ。
17日 スラム訪問とHFW事務所を訪問。バングラデシュYEHは、泊りがけで明日の国内会議の準備をしているメンバーもいるそうだ。
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| 8月14日:自分の村を、飢餓から自立した村のモデルにしたい! |

朝食中、ジャーナリストの人が来る。ボダ郡では、ジャーナリストも巻き込んで、非常に効果的にHFWの活動が広がっているそうだ。まず、ショムシェノゴル村の養魚や商店の事業を視察。
別の村に移動して、外に椅子を並べてVDC(農村開発委員会:HFWの事業を村人自らが主体的に実施していくための村人による組織)とミーティング。これまでVDCとして、トイレ設置、植林、環境保全、収入向上、井戸設置、ヒ素対策ができた。今、野菜栽培の事業を準備中。それから、川が氾濫して道が壊れているのを何とかしたいとのこと。
非常に素朴な人たちで、また来てね! と言ってくれる。
次に、ノヤディギ村に移動。学校を見学する。教室の空き時間で縫製訓練も実施していた。スモールビジネス事業を見た後、ワークショップが開かれた。
VDCのメンバーが、スピーカーで一般の村人にも参加を呼びかける。50名位集まり、女性が半数。
VDCメンバーが、これまでの活動について発表し、みんなの意見をもらえたらパワフルに活動できるのと、村人に発言を求めた。
HFWはヒ素やトイレについてなど、いろんなことを私たちに教えてくれた。まだ、村にはさまざまな問題がある。これから私たちがリーダーシップを取って、飢餓から自立したモデルの村を作りたい。HFWは応援していて欲しい。YEHもいろんな活動に命をかけて頑張っている、などなど…。女性が積極的に発言していたのが嬉しい驚きだった。
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| 8月13日続き:バングラデシュの夕暮れに想う |
 朝食後ボグラを出発。モハスタン14:00 パンクしたタイヤの修理をしてから再度出発。しかし、またパンク。次はもうスペアがないから歩いて行かなきゃ、なんて冗談をしていると、ボダまであと1時間半のところで本当にパンク! こちらではタイヤがパンクするのはしょっちゅうだ。道もタイヤも悪い。ミトン1人を車に残し、私とアニスルと、ミザンさん(運転手)でリキシャで1時間かけて、修理に行く。
でも、リキシャに揺られながら眺める景色は最高。地平線まで見渡す限りの緑。生き物、命にあふれた大地。夕暮れのやわらかい光につつまれて、自然も景色も清々しく、あたたかな気持ちになる。空は360度ぐるりと広い。牛や、ヤギが草を食べ、人々は木や竹で作った道具をつかい、魚を捕ったり、牛を使って畑を耕したり、水田で手で稲を植えていたり。自分の身長よりはるか高くジュートや農作物を積み上げてリキシャで運んだり。 自然と調和した暮らしがここにある。ごみ箱もないし、ごみ収集車も来ない。すべて循環している。タイヤの修理が終わるともう辺りは真っ暗。途中、蛍を眺めながら、車まで帰る。
バングラのゴキブリは頭が白い
21:00 ようやくボダに到着。長旅で疲れた。現場職員に挨拶をして、夕食。宿泊所は、いつものことだがベッドが湿っている。そして恐る恐るトイレに入ると、やっぱり大きなゴキブリが2匹。ここのゴキブリは日本のとは種類が違う。頭のところが少し白く、全体的にうっすら茶色っぽい。そして大きい。ベットにはダニよけのスプレーをして、ビニールシートを敷く。今回はビニールシートを持ってきたから、安心して眠れる。
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