| 8月6日続き:「ヒロシマを忘れない」と歌うバングラデシュの人々 |
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夕方から、広島原爆記念日に合わせてHFWは平和を訴えるイベントを開催。今年で2回目。以前は他にもこのようなイベントが開催されていたが、日本がアメリカを支持している影響でなくなってきたらしい。
来賓が到着しないため、車中で30分待つ。車内を村人が覗き込む。ガラスが鼻の油だらけに。この国の人は人を見るのに何の遠慮も躊躇もない。
17:00 ようやく会場に入場。YEHメンバーが司会を務め、日本の広島平和記念資料館から贈られたポスターの説明もしている。大学教授や有力者たちのスピーチ。その後、河合さんが広島の原爆の様子、その後の日本の発展、バングラデシュの見えない原爆(貧困)の話など、力強いスピーチ。
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| 8月6日続き:すごい迫力! トイレ作り現場の親方 |
11:15 モストファプール村の視察。トイレ作りも見た。
村人がトイレの作り方を習得し、自分の村のトイレ普及を推進する。トイレ作りを専門にやれば、収入向上にもなる。ここの村人は、3ヵ月以内に100%の世帯にトイレを普及させますと宣言。
型からはずす最後の作業を2人でしていた。1人が私の方をちらっと見たら、親方が「何よそ見しているんだ。ここで集中しないと、曲がってしまう!」とすごい迫力で注意。真剣だ。河合さんも、こういう人がいるなら安心だと言っていた。
じっとしていても汗が流れる。この暑さでさぞかし大変だろう。私なら5分ともたない。
13:00 TDCに戻ってランチ。食後屋上に上がると、リスが1匹屋上を横切った。かわいくて、近寄ったら木に飛んでいってしまった。
15:00 TDCのさまざまな事業を視察。縫製訓練は、全員家族の理解を得て参加できている。すでに収入を得られるようになった人が6人。楽しそう。 1年前に小規模融資を受け小売店を始めたタハミナさんは、順調にローンの返済を完了し、店の拡大も計画。学生で店と勉強を両立させている。初めて会ったときは人の影に隠れてシャイだったのに、今は自分の成功を胸を張って言っている。人間的にもすごい成長だ。 |
| 8月6日:稚魚がこんなに大きくなったから、ぜひ見に来て!という村人 |

8:30 カリガンジ職業訓練・地域開発センター(TDC)着。子どもたちが花を手渡して歓迎してくれた。はだしのほか、制服がない、制服がよれよれの子どももたくさんいるが、みんな元気いっぱい。国歌斉唱と国旗掲揚の間、まっすぐ整列していて感心。私を見ようとして横を向いた子の頭を、後ろの子が手で前に向かせていたのが微笑ましい。授業が始まると、河合さんがお土産のアメを2つずつ手渡した。以前も、アメをひと舐めしては包み紙にしまい、大切に食べていた子どもの姿を思い出す。今回も喜んでもらえるだろう。
10:00 チャプライル村では、養蜂、野菜栽培、植林、養魚、女性組織ウィメン・エンディング・ハンガのミーティングを視察。
サヘラさん30歳。グァバの木を育て2年目。今年初めて実がなった。鳥に食べられないように、布で覆って実を大事にしている。
ムハンマド・アキルネンサさん30歳。養魚を始めて、3ヵ月後に村の市場に売る予定。5000タカの収入が見込める。でも、夫は病気で働けないし、生活は大変。村人が取り囲む中で、外国人である私たちに向かって大きな声で話しをする彼女からは、生活をよくしたいという強い意思が伺え、たくましく思えた。
さあ村から離れようという時、村人の一人が私が放流した稚魚がこんなに大きくなったから、ぜひ見に来て欲しいと言っていると聞いた。残念ながら時間がなくて、次回の約束に。でも、ミトンは村人が絶対来てねと何度も念を押していたことに、非常に感銘を受けていた。その村人は、自信に満ちて目が輝いていた。 |
| 8月5日:20年前の韓国に似ているという、現在のダッカ |

(よくあることだが)エレベータ故障で、5階から荷物を降ろして、ホテルをチェックアウト。
11:30 8日まで視察に同行の河合理事長は、景色を見て20年前の韓国に似ているとのこと。HFW事務所では、職員がウェルカムカードに花をつけてくれて迎えてくれた。心が温まる。 近くの市場を見学。色とりどりの野菜、大きな魚、生きている鶏などが、山盛りに並び、売り子の威勢がいい。私まで元気になる。
スラムの女の子との再開
15:30 以前行ったスラム街を訪問。池の上に、木で足場を組んで建てた家は、とても不安定で頼りない。ゴミや排泄物が浮いている池で子どもが泳いだりしている。病気も蔓延するはずだ。栄養失調でお腹が膨れたり、髪の色素が抜けたり、皮膚病の子どもがいる。
女の子の一人が、私を覚えていて、笑顔で迎えてくれた。ベッド1つの彼女の家に案内されて、家族と写真を撮る。今17歳、14歳で結婚したそう。HFW職員のアンジュが、スラムではレイプも多いし、出産もこの環境でどうしているのかわからない、と言っていたのを思い出す。
ミトンが、スラム街で学校運営を開始したいと語った。
17:50 事業実施地ジョソールに飛行機で向かう。ジョソールのホテルは、十分ではないが、お湯も出るし、冷蔵庫もあるし、ベッドは湿ってないし快適。
20:00 夕食時、ミトンから日本でもっといろんな機関にHFWのこと知らせて欲しいとリクエスト。河合さんからも、スモールビジネスや医療関係者の組織化の案がでた。
打ち合わせ後、2:00 虫の心配があり何もかけずに寝る。 |
| 8月4日:バングラデシュの空港に冷房が!! |

さあ、1ヵ月のバングラデシュ生活の幕開け
18:00 マレーシアで3時間の待ち合わせ。乗り継ぎの飛行機は、すでにバングラデシュ人がいっぱいで、バングラデシュに近づいているという感じ満々。
1:15 バングラデシュ到着。初めてこの時期に来た時は、夕方でよく周りの景色が見えた。水浸しでこんなところに着陸できるのか、とびっくりした記憶が蘇る。今回は夜で、まばらに光る明かり以外は闇に隠されている。マレーシアを離陸する時は、きちんと街灯があって道路だということがわかったし、町全体が明るかった。しかし、バングラデシュの夜は、街頭もなく、光りがあっても電力供給が安定しないためか、チカチカ消えたりついたりを繰り返している。
空港から始まるバングラデシュの蒸し暑さにも準備万端。と思いきや、空港内がきれいになっていることにびっくり。エアコンも効いているし、蚊もほとんどいない。預けた荷物も以前はえらく待たされたが、今回はすぐに出てきた。
強盗の傷跡が痛々しいミトン
空港を出ると、HFWバングラデシュ事務局長のミトンとスタディツアーの各種手配などをお願いしているミザンさんが迎えに来てくれていた。ミトンは4月に街で強盗にあった時の傷が残っていた。まだ、たまに痛むらしい。
こんなに夜遅くに申し訳ないが、迎えてもらうとやっぱり嬉しい。早速ミトンからHFW日本事務所からFAXが届いていることを知らされる。
3:00 ションドルボンホテル着。いつも使っているホテルなので安心。FAXに返事を書き、明日のスケジュールを確認して、就寝。 |