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 現場レポート:ベナン

担当職員の調査日誌  [ 滞在期間:2006年7月11日〜 ]
開発事業部ベナン準支部担当職員冨田沓子の、現地調査日誌をご紹介します。

Day11 :アゲゲ訪問 水上生活 バックナンバー: | 1 | 2 | 3

ラグーンに乗り出す(上)、日本とベナンの国旗が描かれたトイレ(下)
ベナンの首都ポルトノボからラグーン(潟湖)にボートで乗り出し、水上の町アゲゲを訪ねてきました。ここはいくつかあるベナンの観光地でも、HFW職員お墨付きの場所。誰が私の付き添いでいくかを話した結果、事務局員全員(といっても3人ですが)で観光となりました。

事務所のあるカラビからポルトノボまでは、車で約2時間30分ほど。ラグーンの近くに車を停めるとすぐに、ボートこぎの人達が交渉にやってきます。アゲゲまで案内をし、帰ってくる3時間ほどのツアーで、約10ドルで交渉成立。早速船に乗り込みます。すると、私達の前から出発しようとしていた船に乗れなかった女の子2人が乗せて欲しいと言ってきました。彼女達は、アゲゲの村から本土のマーケットに魚を売りに行った帰りだったそう。恥ずかしそうに船の後ろに座りました。この子達のように、アゲゲの村ではそこに生活する人達の大半が、漁業で生計を立てています。

水草でびっしりの船着場を、どうにか掻き分けて出発すると、広いラグーンに出ます。ラグーン内はマングースなどの草木がうまく仕切りとなっていて、まるで水上に自然が作った道を走るようにボートは進んでいきます。アゲゲに向かう途中、小さなボートを1人で漕いでいる子ども達を何人もみかけました。

アゲゲの建物のほとんどは、木や葉で作られた簡単なもの。学校など公共の施設のいくつかはコンクリートで造られていますが、そのほかの建物は、ボート用のガソリンスタンドですら、折れてしまいそうな木の柱が水中に立つ簡素な建物でした。そんな中で私の目を引いたのが、日本とベナンの旗がペイントされている立派なトイレ。ボートの中から見えるだけでもかなりの数が建てられています。日本政府の援助がこんなところまで届いているんだなと、びっくりしました。

ベナンを出発しブルキナファソに入ると、水辺も離れ、砂漠地帯の様相にがらりと変わってしまいます。しばし、海の風を楽しみました。

Day9 :キャッサバの芋ほり、ガリ作り(その2)

担当職員も挑戦(上)、20キロものカゴを頭に載せて運ぶ女性たち(下)
待っていてくれていたこの畑の持ち主が、長い棒を取り出しそれを地面に置き、畑の大きさを測っていきます。キャッサバを購入するときは、収穫された芋の量ではなく、畑の面積を単位にして購入します。なので、キャッサバがまだ育ちきらない時期に安めに購入して、育つまで待ってから収穫することも可能だそうです。私達が今回芋ほりを行なった畑は、10mx10mくらいの大きさです。

芋掘りなので、さつまいものつるのようなものを引っこ抜くことを想像していたのですが、キャッサバの枝は、大きなものだと私の背を超えてしまうほどで、細木のように高く、たくさんの葉が茂っています。掘り起こす前には、まず細木をつかみ易い長さに切り落としてから、引っこ抜きます。ただ、これが思っていたよりも難しい。切り落とすところまではいいのですが、葉っぱが邪魔をして手でつかみにくいということと、引っ張る方向を間違えてしまうと、土の中で根が折れてしまい、芋が土の中に残ってしまうことがあります。

そうなってしまうと、土を手でかき分けながらキャッサバを探すしかありません。私が挑戦した最初の数回は、これが続きました。地元の人の話しだと、まだ雨季は土が水分を含んでいるので、掘り起こし易いけど、乾季に入って、土が乾燥しだすと固くなってしまい、さらに芋掘りが大変だそう。

泥だらけになりながら熱中していると、隣のおじさんが「動かないで!」。何かとおもって振り向くと、私の隣のキャッサバの枝にカメレオンが! おばさん達は怖がって逃げていくのですが、私は野生のカメレオンを見るのは初めて。思っていたよりも小さく、とってもかわいいのにびっくりです。そして、噂通り、本当に色が変わるんですね……。感動しました。

10人ほどで行なった芋ほり。2時間あまりで、購入した畑内の全てのキャッサバを掘り起こすことができました。カゴいっぱいになったキャッサバをそれぞれの頭に乗せて村へ戻ります。試しにカゴを持ち上げさせてもらったのですが、重い! 頭に乗せるどころか(結構力のある私でも)持ち上げることさえできませんでした。

1カゴ約20キロを10カゴ、全部で約200キロのキャッサバを収穫しました。今回は、私のために近い畑での収穫でしたが、本来であればこのカゴを持って足場の悪いところを2時間も歩かなければなりません。キャッサバ加工の一番の重労働は芋掘りなのかなと、感しました。
カゴを持つ女性の中には、キャッサバの葉を持って帰る人達も。これは、葉を家で作るスープなどに入れるのだとか。よく考えてみれば、枝や葉が多いキャッサバ。これを有効に使わない手はない!そうなんです。今、ベナンではキャッサバを加工したガリとタピオカに加え、この葉を使った食品や、樹液を利用した薬の作り方などを、女性のグループに指導し、製品の多様化を計画しています。

女性共同組合によるキャッサバ加工事業
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Day9 :キャッサバの芋ほり、ガリ作り(その1)
いざ、キャッサバ畑へ!(上)、畑に入る住民たち(下)
今日は朝4時起き。まだ暗いうちからキャッサバの芋ほりに出かけました。

今までの訪問の中で、キャッサバ加工の事業を視察するときは、大体の場合加工場にキャッサバがすでにある状態からの作業を見てきました。ベナンに到着してから、HFW本部の広報担当者からメールをもらい、「今度のイベントで、ガリが作られてから食べられるまでを写真で紹介したいので、過程で抜けている作業の写真を撮ってきてください」との依頼が。言うはやすし・・・。と思いながら、メールを読み続けると、抜けているのはキャッサバが掘られるところ。やっぱり。

住民グループのみなさんに、キャッサバの芋ほりを手伝わせて欲しいと依頼をすると「大変だし、畑まで歩いていかなくてはならなくて遠いので、辞めておいたほうがいい」とまずは思った通り断られました。そこをどうしても!とお願い。私は前回の訪問時に、キャッサバの皮むきを2日間も手伝っていました。それが功を奏してか「じゃ、朝5時ごろに村に来てくれ」とOKをもらいました。

当日は、小雨が降る中の作業になりました。HFWベナンのスタッフから「畑は1〜2時間離れていることもあるので覚悟をするように」といわれたため、出張中は毎日ビーチサンダルで過ごすところを、気合を入れてスニーカーに履き替え準備万端。約束の朝5時頃に村に到着しました。

みんなそれぞれ、かまやナタのようなものとカゴを持ち、歩き始めました。村を離れてまもなく、赤土の道をはずれ茂みの中に入っていきます。この道を2時間か……、と思いながらも朝は涼しくハイキング気分で草をかき分け歩いていきました。

すると、ほんの15分も経たないうちに「畑に着いたよ」とリーダー格の男性が私に言います。そこは、どう見ても畑というよりはさっきの茂みの続き。しかも、村から30分ほどしか歩いていません。話を聞くと、私が遠くまで歩かなくていいように、ちょっと単価は高いけれど近いキャッサバ畑を探してくれたそうです。申し訳ない気持ちと、みんなの優しさにちょっと感動しました。

Day8:奴隷制度の足跡
奴隷達が最後に通った道(上)、命あって帰ってくることはないことを意味する鳥の像(下)
出張中は事務所と活動地を行き来するだけのことが多く、活動地以外のベナンの観光地を訪れる機会がありませんでした。今回はもっと国のことを知ろう! といくつかの場所をめぐってきました。今回は、特に訪ねてみたかった、奴隷制度の歴史にまつわる場所です。

ベナン近辺の海岸はかつて「奴隷海岸」と呼ばれ、1400年代以降、奴隷貿易が禁止される19世紀後半まで、多くの黒人奴隷がアメリカなどに向けて送られていました。その出航地の一つとして栄えたウィダという街の海岸沿いには「戻らざる門(Gate of No Return)」という記念碑が建てられています。

この門まで続く道は奴隷船に乗せられ、海を渡る奴隷達が最後に通った道。その道沿いには、ベナンの王国のシンボルなど数々の像や記念碑が建てられています。その中で私が一番印象に残ったのは、海鳥が魚を加えている像。これは、一度海鳥に捕まった魚は食べられて死んでしまうように、一度奴隷としてこの道を歩いた者は命あって帰ってくることはない、ということを意味しています。

生きながらにして、死の道を歩く。それが何年間も繰り返され、何千・何万人という人がこの道をたどったことを考えながら、同じ道を歩くと、その事実の重圧に押しつぶされそうな気分になりました。

人間が人間を鎖につなぎ、生きながらにして命を奪うという残酷なことが行なわれていた。どう思いをめぐらせても、それを歴史としてだけではなく、実際に行われていたこととして受けとめることは、とても苦しいものがありました。

この訪問の後私の友人にどうしても気になって聞いたのですが、ベナンの小学校などでも奴隷制度の勉強はするそうです。ベナンの子ども達がどうこの歴史をとらえるのか。あの地を訪れたらどんなことを考えるのか、この日は気になってなかなか眠りにつけませんでした。

Day7:失敗もあるさ……
テレビを使ってHIV/エイズの説明をするYEHメンバー
活動地では、小さなことから大きなことまで、予測できない出来事が起こります。

今日は、HFWの青少年組織ユース・エンディング・ハンガー(YEH)のメンバーたちと、HIV/エイズについての啓発活動を行うため、事業地のベト村に行ってきました。彼らは昨年の12月に、HIV/エイズの感染経路や予防方法、知識を多くの人に伝えるための啓発の手法などを学ぶ研修を受講。それ以来、その知識を発揮する機会をうかがっていました。

メンバーの大半を占める大学生が夏休みに入ったのと同時に、ベト村や、HFWの事務所があるカラビという街などで、順次啓発活動を行っていきます。今日は、その記念すべき第一回目。緊張した面持ちで、村へ向かいました。啓発プログラムの内容は、まずエイズ感染経路やウィルスについてのビデオを上映し、続いてYEHメンバーが説明。最後に質問を受けるというものです。

私は初め、「せっかく研修まで受けているのに、ビデオに頼っているんじゃ意味がないな……」と思っていたのですが、村に着いてみて納得。車からテレビを出した瞬間に、子ども達や若者たちが一斉に集まってきたのです。電気が通っていないベト村でテレビを見るというのは特別なこと、その力は偉大です。

あっという間に100人ほどの住民が集まり、大賑わい。村長さんもいらして、ビデオ上映を今か今かと待ちわびています。テレビ、ビデオデッキ、電気を供給するための発電機はこの日のためにレンタルしてきました。ところがここで、トラブル発生! テレビとビデオデッキをそれぞれ別々のところからレンタルしてきたのですが、接続がうまくかないのです。村に入る前に試験していないと聞いていたので、嫌な予感はしていたのですが、それが見事に的中してしまいました。

10分がたち、20分がたち……。根気強く、チャンネルを探し続けます。ついに、1時間経過。と、頑張った成果が現れ、なんと映像が画面に映ったのです! こういうのって「映る」「映らない」のどちらかなのに、1時間頑張ると映るようになるのが、なんだかおかしな感じ。私だったら、10分がんばった頃には諦めているなぁ。ベナンの人達の気の長さには、あっぱれです。

映像は画面に映りました。ところが、音が聞こえません。更に30分修理を試みましたが、段々陽も落ちてきてしまい、結局この日の啓発活動は中止。せっかく集まってくれた住民達もがっかりした様子で帰っていってしまいました。でも、一番がっかりしたのは、この日のために準備をしてきたYEHのメンバー達。大丈夫、たまには失敗もあるさ。

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