| 3月25日続き:1枚も窓ガラスを割ってなくて感心
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車中で昼食。カソジ幼稚園へ。完成して1年以上なのに、出来たばかりのように建物がきれいだ。職員室として建てられたスペースで授業している2年生が、私たちがその部屋を使うので木の下で授業している。
住民にあいさつして、教室、トイレの視察。全部ではないが教室の壁にペンキを塗ってある。窓ガラスもきれいに拭いてあり、一枚も割れてない。ここより半年後に完成したグッドタイムズ学校より管理が行き届いている感じ。クラスは幼稚園の年少組と年長組、そして小学校1、2年生だ。きれいな校舎ができたことと、昨年学費を下げたので生徒数が増加している。
視察の後、地域の人々とミーティング。隣接しているカブンバに含めてプロジェクトを実施するのがフレッドの計画だ。しかし、フレッドから食料生産プロジェクトを実施したいが、実現までには資金の問題もあり時間が懸かると説明。また、拡大して7年制の学校にするのは検討するが、すぐに結論は出せない、と伝えた。私は日本では清潔を重要だと考えているので、学校がきれいに保たれていてうれしいと話すとみんな喜んでいた。プログラムに子どもが参加することについて、子どもたちが自分の意見を述べることや、決定する力を身につけることは将来のリーダーを育てることにつながる、とそのメリットを伝えた。
数人の女性にインタビュー、ビデオ撮影の後にカブンバHFZに向かう。 |
| 3月25日続き:大きな木の下が集会場
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車で5分でカブンバHFZ着。大木の下にカブンバ区民が50名ほど集まっていき増えていった。この木の下が区の集会所だそう。まだ保全されていない泉7ヵ所を視察する予定だったが、日本のドナーからの寄付が急遽決まり、プロジェクトを実施できることがわかったのでHFZ委員会の選挙に変更。
地方政府の役職についている人は兼任できないことなどを話し、他にもリーダーシップを取れる人はいるはず、とムザヤが説明。 村ごとに分かれて話し合い、代表4人(男性、女性、青年、青年女子)をまず選ぶ。挙手による投票では2回上げる人が出るかもしれないという意見が出たため、自分が支持する候補者の後ろに並ぶという投票法が取られた。あとの代表は全員一致で決まった。各村の代表が決まったところで、代表20人の互選で委員長、副委員長、会計、書記、女性コーディネーター、青年コーディネーターの役員が決まる。会計に選ばれたのは準郡長夫人。誰かが「彼女がもしお金を横領したら、夫の準郡長が捕まえてくれる」と冗談を言いみんな大笑い。
委員長が就任スピーチ。次にフレッドが住民に「委員会に任せきりでなく、何が村で行われているかしっかりモニターしてほしい。不適切なことがあったらHFW職員に遠慮無く伝えてほしい。また村での委員会にも出席してほしい」と、村の開発は住民の責任であることを強調。私から、日本のHさんの寄付で水のプロジェクトができるようになったとを発表すると住民はとても喜んでいた。
明日は職員会議か…
19時過ぎカブンバ発。ホテルに到着すると腰が痛い。日記を書き、持ってきた入浴剤を入れてお風呂に入ろうとしたらお湯が出ない。タンクが空になったのかと思い30分後に再度試したがダメ。ボイラーをもう切ってあったらしい。20分くらい待ってくれと言われたが、ぬるい水。シャワーにしたが少し寒かった。
明日は職員会議。事務局運営費削減の話をしなければならない。気が重いがこれを問題ではなく機会としてみんなが考えられるようにしようと思う。
会員の視察ツアーは、違うホテルを選ばないと。護衛がいなくて、門も無く道からすぐ人が入って来られるこのホテルはやはり危険だ。
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| 3月26日:職員会議 |

農業担当国務大臣と農業省次官への表敬訪問がキャンセルに。日曜に予定していたMさん(在日ウガンダ人で会員。ウガンダチームの副代表)のお子さんに会う。
まずは、Mさんの知人で子どもたちの監督をしている、保険代理店経営者A氏に会う。ミエンガという高級住宅地で、彼の家にも複数の車があり、庭は手入れが行き届いている。A夫人は、運送、通関業務の大企業の部長。A夫妻はイスラム教徒で、夫人は頭に被り物をつけている。その後、Mさんの息子が通う寄宿学校へ。セキュリティが厳重できれいな学校。カンパラ郊外には多くの私立学校ができている。郊外は静かで涼しく、遊びの誘惑も無い。都市部では教育を重視し、無理をしても良い私立に通わせる人が増えているらしい。テレビでもよく私立校の宣伝をしている。その後、Mさんの高校生の娘さんとお姉さんにも会う。
自分にできることを再度創作
14時から7名の職員とボランティアとミーティング。私から、日本本部の体制、先進工業国とはいえ潤沢な経済状況ではないことなど率直に話した。日本の経費削減や資金調達の実例などを紹介し、ウガンダでも経費削減と資金調達を考えて欲しいと伝え、自由討議。みんなとても興味深く話を聞き、資金調達の様々なアイデアが出された。また、運転手のラシード、雑役婦のバーバラまでが、自分の決意や寄贈の約束を聞かせてくれた。
カカバ(ボランティア、YEHコーディネーター):子ども参加のプログラムのために毎月1万シリングを目標に募金活動をする。
ロビナ(ボランティア、WEHコーディネーター):活動地域にWEHを広げる。
チベル(アシスタント・フィールドオフィサー):活動地域内の学校に行っていない子どもの親に、学校に行かせるように話す。(事務所で使う砂糖も寄贈。)
ブレンダ(総務・経理担当):コピー代として毎月5000シリングを寄付する。
ムザヤ:HFWの目的を達成のためより多く働く。(毎月事務所で使うコーヒークリームも寄贈。)
フレッド:HFWの目的を達成する。(毎月新聞代3万9000シリングも寄付。)
ラシード(運転手):毎月液体石鹸を寄贈する。
バーバラ(雑役婦):紅茶と生姜を寄贈する。
私も、次回の料理教室で5万円寄付金を創ること、会員を増やすことを約束した。
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| 3月26日27日:職員からの要望 |
 
開発現場に行く交通が問題(開発現場で道が狭いところも多くバイクが欲しい。車につける、盗難用追跡システムと、藪の中や乱暴な乗合タクシー対策のガードが欲しい)。研修を年に1名は受けさせてほしい。パソコンが2台では不足で、あと2、3台必要。インターネットに接続できるパソコンが事務局長用だけで、YEHはなかなか日本のメールに返信できない(YEHは職員が使っていない夜遅い時間に使っていた)。YEH、WEHからは机が必要、広い事務所に移って欲しいとのこと。また、プロジェクトに関しては、女性(特にHIV/エイズ感染した)が活動的でいられるようにしたい。エイズカウンセリングを実施したい。など。
しかし同時に「ここで働くことができてうれしい。みんな親切にしてくれる。できるだけ早く飢餓を終わらせたい。このチームで仕事ができて光栄だ。車、ありがとう。」という発言がある。雑務をしているバーバラは、日給から週給にしてもらって助かった。働けてうれしい、とのこと。
バイクとパソコンは助成金に申請、タイヤとガードは運営費をやりくりして何とかしよう、追跡システムは検討、とフレッドが説明。Y私から日本でもYEH、WEHはキャビネットだけでミーティング机で作業していることを話す。キャビネットをYEH、WEHが使えるようにするとフレッドが約束。
3月27日(木):引越しを決定! 早速行動が始まった
朝、出勤するとフレッドに「昨日はとても良かった。みんなの中でコスト削減という意識が自分のものになった。日本の資金調達やコスト削減の例を聞いて非常に奮い立った。フィールドに出ていることが多いし、事務所が都会にあるのは意味がない。みんなの通勤にいい所で、郊外の安くて広い物件を探して引っ越すことにした」と報告されとてもうれしかった。家賃50%削減を目指し、すでにいくつか当たり始めたらしい。さすがフレッド、行動が早い。
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| 3月27日続き:ムセベニ政権、多党制移行を認める
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大臣との予約はまたもキャンセル。政治的変動時期にさしかかっているらしい。さすがに18年間も続いたムセベニ大統領の一党制の政権も、多党制を求める声を押さえられなくなったらしい。高位軍人を始めとして、これに不満を持ってムセベニ支持から離れる人が増えているそうだ。今日の新聞のトップに「ムセベニ多党制移行を認める」と大見出しが出ていた。フレッドは「驚いた。でもまた"いつか来た道"(独裁→クーデター→国内混乱)になるから、ムセベニの側近が彼を説得したのだろう」と言っていた。
フレッドは私の到着前からマラリアの症状が出ていたが、休むと本当に病気になってしまうと言って出勤していた。でも、さすがにフィールド行きが続いてつらくなったらしく、医者に休めと言われ午前中だけ家で休養することに。精算をして、停電で遅れている日記の続きを書く。
午後は国際飢餓対策機構(IFH)のプロジェクト現場を見せていただく。IFHの職員の方2名と一緒にムコノ県チョガに向かう。IFHの活動は基本的に子どもの学費支援をとおして地域開発も行っていくというものだ。小学校の視察後、IFH事務所で、村人との信頼関係の築き方、プロジェクト終了の基準などをはじめ、いろいろ聞かせていただいた。
18時頃帰路につく。信号の数が少なく、あっても壊れていることがあるので役に立っていない。「交通のマナーがなっていない」とカンパラ市内の渋滞に嘆くフレッド。でもダッカ(バングラデシュ首都)だったらクラクションで頭が痛くなるから、それが無いだけでもいい。20:20ホテル着。疲れたー。簡単に食事を済ませ早めに寝る。
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