| 3月28日:問題が山積! |
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いよいよ最後のマスリタ準郡の視察。朝は雨だったが晴れてだんだん暑くなってきた。
集会所のような準郡会議場に準郡議員14名ほどが集まった。ほかに中央政府の地域開発官が出席。私が、今まで自分たちで行った活動を聞いたが、様々な問題点が並んだ。
93年に作られた浅井戸が壊れてしまったが修理費を集められなかったこと。深井戸の方が良いと言う声に、準郡議長から深井戸も壊れることがあるのは同じことで保全が必要だとの発言。コーヒーとバナナの病気や野菜の価格の変動のため収入が激減している、農機具が少ない、家畜の病気や餌の不足、稲作(陸稲)が行われているが精米機がないなどなど。
チベルから「うまくいった話も」と再度伝えるが、水とトイレの不足、一番近くの保健センターまで6マイル歩かなければならないこと。身障者代表は、ミシンの不足で洋裁訓練が失敗した(指導者を派遣してくれれば自立したい)、義足が買えずミーティングに這って行かなければならずメンバー間のコミュニケーションが大変と発言。
うまくいっていることも
準郡の保健担当官から「自分はうまくいっていることもあげたい」と発言があり、ホッとする。 ここの人々は動員をかけられるとすぐに動く。政府や他のNGOが準郡全体で年5本の浅井戸を掘っている(しかし壊れると修理ができないため、使用できない井戸が45ヵ所もある)。マラリア対策のプログラムを導入することになっている。このプログラムは、訓練された各村2名が薬を管理し、マラリア患者に薬を出す。予防法もその人が広める、という内容。HIV/エイズ対策でもHFWと協力したい、と言っていた。
フレッドが準郡議長に税収について質問。予想は1億8000シリング(約1352万円)だが準郡で必要なのは5億シリング。しかし実績は昨年で8900万シリング(約669万円)。これでは大赤字だ。さらに35%は県に、5%は郡に持っていかれるという。
トゥンバリ区にある3村合計500戸で使っている泉に車で移動。ここも雨不足で水質は良くない。他区では沸かしてから飲んでいるのだが、ここでは薪も貴重なので料理には使うが、飲水はそのままだそうだ。
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| 3月28日続き:狭い教室なのに… 利口な子どもたちとの出会い
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ルウェンウェデ区の泉に向かう。陸稲の畑がいくつかある。米の値段は1キロ400シリングで1エーカーあたり4トンの収量。トゥンバリで唯一の幼稚園プラス小学校1年生(生徒40名)の学校は隣の建物の外壁を利用して、パピルスを仕切りにした作り。地域で学校を建てたいとレンガを焼き始めているそうだ。5エーカーの土地を寄付してくれた人もいる。車を降りるが、フレッドは体調が悪く残る。泉は非常に小さくカンブグ村の180戸が使用している。
車の中で持ってきたお弁当で昼食。商店のような建物の壁にパピルスの屋根を差し掛けただけの小屋がある。この辺りで唯一の幼稚園から小学校2年生までの学校だ。年少の子どもたちはすでに帰宅し、2年生の子どもたち10名くらいが残っていた。フレッドやチベルが先生の名前や自分の名前、年齢、将来何になりたいかなどを聞く。ちょっとはにかみながらもはきはきと答えたので、頭の良い子たちだとみな感心していた。
内戦によって孤児が増えた地域
14:30、大きな木の下で集会。今までの住民集会より人数が少ない。近くでお葬式らしい。しかし村長は全員参加。また中央政府から派遣された職員も来ている。村長の一人が地区の問題を挙げていく。水、衛生的なトイレ、交通機関が無いこと(自転車でさえ持っている人が少ない)、教育(大半が小学校3年生くらいまで)、トゥンバリ区には政府認定小学校がない。保健センターから遠い。1981-86年の内戦によって孤児が増え、さまざまな公共施設も破壊されたことなどが挙げられた。
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| 3月28日続き:性悪説? それとも素直?な村人
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ムザヤがHFZ委員会について説明。「村長など政府の役職の人は兼任できない。学歴は問題でなく、正直で信頼でき、地域の発展に決意している人を選んでほしい」と締めくくる。「村に誰も信頼できる人がいなかったら」という質問から(これには周りから抗議の声があがったが)、「もし委員全員が共謀して横領したらどうなるのか」などという質問まで出た。この地域の人たちは性悪説の人が多いのか?? フレッドは、そういう時のために村長が委員会に入らずモニターする立場にいること、また兆候が見えたらHFWの職員に知らせてほしいと答えた。
寄付者の想いを伝えるフレッド
15:20、6村に分かれて代表選出。うち3村は人が少ないので、4月5日に各村で選挙を行うことに。同日に今日選ばれた人も含めて各村の代表が集まり、役員選挙を行うことにもなった。
フレッドから、HFWのお金は日本の人々がここの現状を知って、一生懸命支援してくれているものだから、その気持ちに真剣に応えてほしい。今までの浅井戸が管理されず、修理費用徴収もうまくいかなかっというのは良くない。貧しくても月100シリング(7円50銭)を払えないことはないはずだ。井戸をちゃんと守ることを誓ってほしいと伝える。また、自分たちの手で学校を始めたことはすばらしい。恵まれない学習環境なのに、子どもたちがとても賢いことを誉めた。それから選ばれた人たちは、他人より偉いと思うのではなく、人々の意見を聞いて活動することが必要だと加えた。村長にもHFZ委員会への支援を依頼した。
7月に日本からゲストが来るので(注:会員向け現地視察を予定しています)その時には変化が起きているように、支援者は自分の支援がどのようにインパクトをもたらしたかに関心を持っている、と結んだ。私は、日本も50年前はとても貧しかったこと、しかし各国の人々の支援と勤勉さで貧困を克服した。ウガンダ人にもその力があると信じている。浅井戸3本分のお金が集まっていると伝え、残りもできるだけ早く集めると約束した。村長から井戸をしっかり守ると約束があった。
17時、カンパラに出発。全員職員が新入職員のブレンダの大学卒業パーティに招待されており、大急ぎで会場へ。
HFW関係者は会場の最前列に。いつものように最初1時間はスピーチの連続。車の冷房で風邪を引いたらしく頭が痛い。ウガンダ料理のブフェ。マトケ(調理用バナナで作ったマッシュポテトのような主食)、ライス、フライにしたバナナ、ポテト、カッサバ、チキン、ヤギのシチュー、野菜料理3種、豆料理2種と盛りだくさん。それを皿に盛り付けてもらい手で食べる。
21:30ホテル着。荷造りにかかる。なんと夜中前にパッキング終了! ストレッチして寝る。今夜もバンドがうるさい…。
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| 3月29日:いよいよ帰国、34時間の旅へ
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いよいよウガンダを発つ日。いったん飛行機に乗ると34時間の旅だ。時間をかけてストレッチ。するとBさんの訪問。Bさんは日本のウガンダチームの有力な在日ウガンダ人メンバーだった人で、今朝ウガンダに帰国したばかり。空港からその足で私のホテルに会いに来てくれた。ぜひ自宅にと言うので、お邪魔することに。
カバラガラにある家は日本式に靴を脱いであがるようにしている。改めて家族を紹介される。奥さんと娘3人に息子が1人。長女には5ヵ月の女の子がいる。「孫娘がいるとは知らなかった」と言うとBさんも知らず、空港で会ってびっくりしたそうだ。Bさんのお母さんや100歳を超えて元気だと言うお祖母さんの写真も見せてもらった。
B夫妻を昼食に誘い、一緒にHFWの事務所へ。事務所にいたチベルから掲示板に貼ってある写真をBさんに見せながら活動の説明をしてもらう。
みんなそろって最後の食事
フレッドが到着してから全員でレストランに向かう。テレビでCNNのニュースが流れているので、話は戦争のことに。Bさんが北朝鮮は日本にとってどれだけ脅威になっているかをフレッドたちに話していた。別れ際Bさんから日本のウガンダチームメンバーにくれぐれもよろしくと言われた。
トルコ航空がハイジャックされたとニュースがあったので、念のため早めの16:30空港に向かう。職員全員が見送りに来てくれた。チェックイン、出国手続きはあっけなく終わり、買い忘れた地図、紅茶、お土産などを買う。19:50定刻に出発。機内はエアコンが効いて寒いが毛布は無し。カーデガンなどをスーツケースに入れてしまったことを後悔。ナイロビに着いてから空港で買ったばかりのTシャツを着込んだ。23時定刻にKLM機でアムステルダムに向けて出発。何事もなく8:45のフライトを終えアムステルダムに到着。7時間の待ち時間を世界で唯一の空港内にある美術館の分館などでつぶした。定刻の14:40にようやく成田に向けて出発。10時間45分のフライトを終え31日8時半に成田着。事務所に11時半到着。
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