ウガンダに着いて驚いたのは、フレッドが僕を覚えてくれていたこと。YEHメンバーとして、共に活動した彼は、今ではHFWウガンダ支部の事務局長となっている。僕がニュースに追われていた4年半の間も、ずっとウガンダで飢餓と闘い続けていたのだ。
ところで、村人たちはどうなのだろう。フレッドたちと一丸となっているのか。「村をよくするのは誰ですか?」と僕は村人に質問してみた。「第一にこのコミュニティ自体、コミュニティのメンバー自身です。しかし、私たちだけではできないので、HFWのように一緒になって活動してくれる人たちと協力しなければいけません」。「私たちには、(学校や井戸など)造ったものを、ちゃんと維持し、管理する責任、義務があると思うの!」。うれしかった。生活をよりよくするためには、自分たちが行動することが必要だと、意識してくれていたからだ。
僕の名前があった学校も、村人によってしっかりと運営されていた。教室にぶら下がる、たくさんの英単語を覚える手作りの紙。今も残る、村人たちが学校建設のために集めた石の山。そして、「夢はお医者さん」「先生になりたい」と話す子どもたち――。
帰国してすぐにニュースに忙殺される日々が再開した。しかし、ただ支援を待つのではない、自分たちが主役となって村をよくしていこうとするウガンダの人々の姿が、今でも強烈に頭の中に残っている。
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村人にインタビューをする岡崎さん

ツアー参加者の誕生日を祝ってくれた 村人たち

村人とHFW職員・ボランティアと記念撮影 |