楽しかった夏休みも終わり、真っ黒に日焼けした小学生が、元気に登校する姿が見られます。しかし、世界にはノートも鉛筆もない子ども、学校に通うことさえできない子どもたちがたくさんいます。
ユネスコの2000年の統計によると、学校に通えない6歳〜11歳の子どもは約1億1300万人もおり、15歳以上の成人で読み書きのできない人は8億8400万人といわれています。国の教育制度の未整備に加え、貧しい家庭に生まれた子どもたちは、入学金や授業料が払えない、学用品が買えない、働かなければならないといった事情から学校に通うことができないのです。 また、せっかく小学校に入学できたとしても中途退学する子どもが多くいます。開発途上国では入学した生徒が5年生まで在学する率は55%にすぎません。
朝、まだ暗いうちに起きて、水汲みの仕事を終える子ども。その後、朝食を十分にとることができないまま、学校まで遠い道のりを歩きます。 やっと辿り着いたのは、窓も電灯もない薄暗い教室。何十人もの子どもが詰め込まれています。先生は多すぎる生徒の指導に疲れ、授業を進行させるために厳しい規則や体罰を必要とします。授業では、ふだん使っている言葉とは違う言語が使われ、質問もできず、暗記ばかりの退屈な授業。勉強に集中することができず、欠席も多くなってしまいます。 ついには、基礎学力をつけることができないまま学校を辞め、安い賃金で働き始めます。成長して家庭を持っても、貧しいまま。自分の子どもを学校に行かせることができません…。
例えば、このような悪循環の中に暮らす人々もいるのです。
教育はきちんと身につけることができれば、貧しさと決別する絶好の機会になります。危険で搾取されやすい仕事が多い児童労働や詐欺などから身を守ることが可能になり、より安全で収入がいい職業につくことができます。 農業においても学校に通った農民は、通わなかった農民よりも、生産高が多くなる傾向が見られます。また、生命に直結する問題である保健衛生への理解も深まり、特にHIV/エイズに対して正しい知識を得ることは大切なことです。 さらに、女の子への教育は重要な意味を持っています。教育を受けた女の子は結婚の時期が遅く、若すぎる妊娠や出産による死亡が少なくなり、育児への関心を高く持つようになります。実際、女子の小学校就学率が10ポイント上がると乳児死亡率が出生1000人当り4.1低下し、女性の中等教育就学率が同じだけ上がると、乳児死亡率がさらに出生1000人当り5.6低下することが期待でき、人口増加の抑制にもつながるのです。 教育への投資は、命を守ること、そして貧困からの脱却、社会の発展にとって非常に有効なのです。
教育は貧困のサイクルを断ち切る重要な鍵であり、すべての人の基本的人権であると世界的に認識されているにも関わらず、教育の普及には困難がつきまとっています。開発途上国の経済危機による支出の切り詰めは、まず公的サービス、特に教育の普及を直撃しました(例えば、債務危機が起きた1980年から1987年までの間にラテンアメリカとカリブ海諸国では住民1人あたりの実質の教育支出がおよそ40%減少、サハラ以南のアフリカでは65%減少)。 政策の決定は、国内の権力ある人々の主張が優先されやすく、教育のない人々の声は無視される傾向にあり、真っ先にしわ寄せがくるのです。しかも、教育はGNPや他の経済・社会指数の増加に即時に反映されないので、短期的に成果を求める場合は優先されません。手っ取り早く乳児死亡率を下げるためには、教育より予防接種などが優先されがちです。 しかし、教育の普及なしには、民主政治の進展や社会経済の開発は期待できないことも事実なのです。
国際社会でも、教育の普及に関して、数々の約束がされてきました。その結果、1960年当時、開発途上国では6〜11歳児で小学校に就学していたのは半分以下(先進工業国は91%)でしたが、1980年にはアジアとラテンアメリカで小学校の就学者数が2倍以上増え、アフリカでは3倍に増えるという目覚しい結果となりました。 しかし、その後人口の急増や依然として教育支出の優先順位が低いことなどにより、未就学・非識字人口の減少は停滞しています。
このような状況の下、国際社会は再度教育の大切さを訴えはじめました。2000年には、世界教育フォーラムが開催され、新たに6目標、12戦略、優先地域、フォローアップの方法などについて、180ヵ国が合意。2003年1月からは国連識字の10年もスタートし、さまざまなレベルで行動がとられています。 しかし、世界教育フォーラムの2015年までの基礎教育完全普及という目標達成は難しいとの見方もあり、より一層の国際社会の連帯、政府の取組み、またNGOの活躍も必要です。
参考 1999年/2002年世界子供白書 ユニセフ |