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NO.3  アンソニー・ナニュンバさん
自動車整備の実技研修のため、1995年来日。 母国ウガンダで自動車メーカーを設立するのが目標。HFWウガンダを支援するウガンダチームのリーダー。30歳。

アンソニー・ナニュンバさん 「ウガンダには国産車がないな…。ふとそう思うと、とても悲しかった。それが、自動車製造に興味を持ったきっかけです」。

  「2002年は、とてもすばらしい年でした。9月に長男マシューが生まれ、息子と新年を祝うことができます。息子もHFWの一員です。自分はボランティアだけど、息子にはぜひHFWで働いてほしいと思っています」。母国ウガンダで自動車整備会社設立を目指すナニュンバさんですが、自身もNGOに就職を希望した時期があったそうです。

 ナニュンバさんが生まれ育ったのは、ブゲンベという小さな町。仕事がなくブラブラしている若者がたくさんいました。学生時代、地域のために何かできないかと、副大統領である叔母さんに相談すると、活発な青少年組織を持つHFWのことを知らされます。HFWのような青少年を大切にするNGOに就職したいと思いましたが、学校を卒業するのが先と叔母さんに諭され、勉学に励んでいました。

 しかし、いつもウガンダの将来について考えていたナニュンバさん。ある日、日本車のパンフレットを手にします。憧れの日本車の姿を眺めながら「先進工業国は自国で車を生産しているけど、ウガンダには国産車がないな…」。ふとそう思うと、「とても悲しかった」。ウガンダでも車を製造できるようにしたい、またそれによって雇用も創り出したいという決心が固まります。

 その後、自動車の理論について学び、1995年に実技習得のため来日。今日に至ります。 日本に来てからもNGOへの興味は持ち続けていましが、どこに連絡をすればよいかわからないままでした。「しかしある日突然、日本でウガンダのために働けるドアが開いたのです」。「2001年8月、在日ウガンダ人協会を設立することになり、ウガンダ大使館を訪れるとHFWウガンダ担当の吉田千代子さんと、来日中のHFWウガンダ職員のムザヤ・ゴッドフリーさんに出会ったんです」。吉田さんは大使に在日ウガンダ人の方を紹介してほしいと頼んでいたのですが、ナニュンバさんにとって、それは運命的な出会いでした。それから、HFWのウガンダチームに参加し、隔月でウガンダを支援するチャリティパーティを主催。当初4名のチームは、現在日本人を含めて20名近くの強力なチームになりました。ウガンダの料理と文化を楽しみ、支援もできるパーティは大好評で、参加者が次回の企画メンバーになっていることも。ナニュンバさんにとっても、日本人とコミュニケーションでき、また飢餓やウガンダについて話ができる大切な場になっているそうです。

妻のバイオレットさん、長男のマシューくんと一緒に さらに、ナニュンバさんの関心は支援先にまで向いています。「大切なのは、支援を受けたウガンダの人々が、HFWにしてもらった以上のことをすること。これは、自分たちのプロジェクトなんだと決意して取り組まなければ」。 元旦は初詣をして、特別の食事を家族で囲み、またお辞儀の習慣や勤勉な国民性など共通点の多いウガンダと日本。ナニュンバさんは、母国のため、飢餓のない世界を創るために、そんな両国の架け橋となっています。

[ 一緒に活動する → ウガンダチーム ]

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