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日比野小夜子さん
1937年、東京都・杉並区生まれ。東京都・武蔵野市在住。HFWへの支援をはじめ、近隣農家での援農ボランティアなど、活動的な日々を送っている。現在、地域の働く母親のため、自宅での育児支援を計画中。
日比野小夜子さん 還暦から始めた週1回のアルバイトを6年続け バングラデシュの学校建設を支援
「教師になりたかった夢がかなったよう」


150名が教育を受ける「太陽の家」

HFWが初等教育支援を行うバングラデシュ・ボリダパラ村では、建物の一部を間借りして教室として使用していたため、狭くて1・2年生しか授業を受けられない状態でした。日比野さんはボリダパラ村の学校建設を支援。2004年1月に開校した学校の校舎は、日比野さんが「太陽の家」と名づけ、現在3年から5年の150名が学んでいます(バングラデシュの義務教育は5年制)。
総工費264万円のうち、日比野さんの支援は180万円。60歳を迎えて健康のためにと始めた、寝具店でのアルバイト代の6年分です。週1回のアルバイトでも、予想以上に貯金ができて、「何年か続ければ何かできそう」と思いついたのだとか。「“宝石とか買えたんじゃないの?”とよく聞かれます。でも自分のためだけに使うよりも、誰かのために使ったほうが喜びに深さや広がりがあるんです」。

貧しいから支援するんではない。やればできる人たちを支援しているんだ
「太陽の家」開校式に出席した日比野さん。子どもたちと笑顔を交わす。 日比野さんとHFWの出会いは、10年ほど前。当時のHFW職員が中学校の同級生だったことが縁で、講演会やスタディツアーに参加するようになりました。1994年、ガーナを訪れた時には、「痩せた土地を村人が懸命に耕して、緑が少し根付いていました。それを見て、“貧しいから支援するんではない。やればできる人たちだから支援しているんだ”って思ったの」。
日比野さんは、小学3年の時、妹と新潟に疎開を経験しています。「満足に食べられなくて。地元の子は白米の弁当でも、私たちは新聞紙に包んだサツマイモ。恥ずかしいから隠して食べてました」。その後も、経済的な事情で大学進学を断念。教師にあこがれていた日比野さんには辛いことでした。「だからがんばっている人を見ると支援したくなるんです」。

何よりも嬉しい一言。「おばあちゃん、すごいんだね」。
今では、学校建設の支援を通じて、多くの子どもたちに教育を与えている日比野さん。太陽の家から日本に留学生を迎えることが夢だと言います。
そして、もう一つ夢があります。それは、今は携帯電話やファッションに夢中の高校生と中学生のお孫さんを連れて、太陽の家を訪問することです。多くのメディアからの取材も、「最初は恥ずかしくて嫌でした。でも、新聞を見た孫が“おばあちゃん、すごいんだね”って。こんな嬉しいことはないですよ」。太陽のように明るい笑顔を見せていただきました。 (2005.1)

[ 一緒に活動する → バングラデシュチーム ]

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