特集

2005.05.01 Special Issue No.8

”黒人初の共和国”ハイチ~独立がもたらしたもの、そして未来4~

“HFWハイチの活動紹介、成果と今後の予定”
HFWハイチ支部事務局長 セインティル・ラゲール 講演(抜粋)


私はハイチに残る道を選びました

2000年12月、私はHFWハイチ支部事務局長に任命されました。それからのHFWでの経験は、私のスラム地域で働く決意をより固くしてくれました。私は、貧しい人が、彼ら自身の目標を達成するためにどうしたらよいか学びました。また、マネージメントなどのトレーニングの機会を与えられ、私の仕事は大変向上しました。

ハイチでは、多くの若者がよりよい生活を送るために、ハイチを離れています。実際、私の両親もアメリカに住んでおり、私がアメリカなどで暮らすことを望んでいます。しかし、私はハイチに残って、貧しい人々がよりよい暮らしを送れるように助ける道を選んだのです。その大きな理由は、ハイチには貧しい人々のために働く人材が不足しているからです。多くの専門家は、アメリカやカナダに渡ってしまっているのです。


保健センターの現在

HFWハイチのシテ・ソレイユにおける人道的な事業は、ハイチの人々、政府からとても高い評価を受けています。シテ・ソレイユは、ハイチの首都ポルトー・プランス市で最も貧しく、混みあったスラムと言われています。約30万人がとてもひどい状態で暮らしています。

1994年、私はYEHハイチの活動としてシテ・ソレイユで活動を始めました。この時は、ユニセフの協力を得て、子どもたちに予防接種や食料配布を行っていました。そして、2001年1月に日本のHFW本部からの資金で、保健センターを開設。とても困難な状況にある8000人に対して医療と食料の提供を始めました。シテ・ソレイユに住む多くの人々は、風土病や慢性的な感染症などによって苦しんでいます。人々のニーズの中でも、保健医療は最も緊急性と優先順位が高いです。そのためHFWは、保健医療に焦点をあてた活動を考えているのです。

この保健センターでは、医師による診察、検査、HIV検査と感染予防のための啓発活動やコンドームの無料配布、食料配布などを行っています。2001年9月に検査室を設けたことによって、低コストでさまざまな検査ができるようになりました。以前は、医療検査を受けるために、患者は市街地まで行かなければなりませんでした。ボワヌフは暴力的な状況下にありますが、保健センターが常に守られてきたのは、人々にとって医療サービスを行うボワヌフで唯一の施設だからです。

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ボワヌフで唯一の医療施設であるHFWの保健センター


バリアフェでの新しい試み

HFWハイチは、バリアフェ地区でも新しい事業を始めました。この地区は、ボワヌフの近くですが、より安全です。私たちは住民とミーティングを重ね、彼らの動機付けを行いました。そして、持続的に開発を行えるように可能性を探ってあります。また、子どもたちと妊婦を対象に、予防接種のキャンペーンも行いました。

さらに、1032㎡の土地を買いました。ここに多目的センターを建設して、保健センターをはじめ、小学校や若者のための職業訓練などの活動を行う計画です。なお、ボワヌフの保健センターも継続する予定です。


さて、ここで2001年からの成果をお話します。

2001年1月から2004年にかけて、ボワヌフ地区の人口の68.3%、HFWの保健センターでマラリア、結核、腸チフス、赤痢、腸の感染症などの治療を受けました。この期間に、ボワヌフの幼児死亡率は、70%から40%に下がりましたが、HFWの活動も影響を与えていると思われます。子どもの病気の感染率もかなり下がっています。

89.9%の患者が、安い診察料で診察を受け、医薬品を受け取ることができました。日本のみなさまのご支援で、HFWの保健センターは、シテ・ソレイユで唯一、無料で薬をもらえる施設となっているのです。保健センターには、ボワヌフの周辺からも患者が来ます。

約500人の子どもたちに予防接種を行うこともできました。さらに、2001年以来、約4000人の子どもに栄養プログラムで食料支援を実施しました。飢餓がこの地区における病気の主な原因なのです。その結果、子どもの栄養失調率を45%下げるのに貢献しました。

これからHFWは、バリアフェの多目的センター建設後、養鶏、野菜栽培のプロジェクトの実施を考えています。その他にも、農民への農機具の安値での提供、出産設備の設置、井戸6基の建設なども検討しています。

最後にシテ・ソレイユの人々に代わり、心よりお礼申し上げます。みなさまのご支援は、私の愛する祖国ハイチの最も貧しい生活状況をよくするために役立っています。みなさま本当にありがとうございました。

注)ハイチ支部は2005年1月に閉鎖し、現地NGOとして組織が存続しています。経緯はこちらをご覧ください。 » 適正化施策最終報告(2006.2.1)

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予防接種キャンペーン