2026.05.28
アフリカ、ヤムイモ研究の最前線 ー農業のこれからと飢餓解決の可能性を考える

5月30日は、国連が定めた「国際イモの日」です。イモは世界中で栽培され、飢餓や貧困への対策や、乾燥や洪水などの環境変化の脅威に対処する上で重要な作物です。日本でも噴火が頻発する鹿児島県で、灰が降り積もっても地中で生きながらえることができるサツマイモがよく栽培されるようになり、やがて「救荒作物(きゅうこうさくもつ)」として全国で生産が奨励され多くの飢饉に陥った人々を救ったことで知られています。
2008年のSpecial Issue No.21では、サハラ以南アフリカでヤムイモとキャッサバが重要な作物であり、イモ類の品種改良、加工や流通面の支援が、安定した食料供給につながると紹介しました。また、ヤムイモの研究者は世界でも両手で数える程度で、ヤムイモの一種である長芋や自然薯に高い加工技術を持つ日本の研究開発には、大きな可能性があることを紹介しました。
ヤムイモはハンガー・フリー・ワールド(HFW)の活動するベナンでも、よく食べられている作物のひとつ。あれから18年経った2026年、アフリカでヤムイモ研究を進める樋水さんにお話を聞きました。小規模農家を支える可能性や、環境と共生する農業の在り方を考えます。
西アフリカに広がる、ヤムイモ生産地「ヤムベルト」
ヤマノイモ科のヤムイモは、熱帯から温帯にかけて世界各地で多くの種類が存在しています。他の作物のように原産地は一つではなく、東南アジア、南米、アフリカ、日本などいくつかあり、それぞれがその地域の環境に合った特徴を持っています。
世界のヤムイモ生産量の内訳を見ると、約96%が西アフリカで生産されています。西アフリカには「ヤムベルト」と呼ばれる一大生産地域があり、ベナン、ガーナ、トーゴ、コートジボワール、ナイジェリア、カメルーンの国々にまたがる熱帯雨林地帯がヤムベルトに当たります。中でも、ナイジェリアは、世界総生産量のうち約60%が生産されています。
ナイジェリアには1971年に設立された国際農業研究協議グループ(※1)のひとつである、国際熱帯農業研究所(※2)があります。各国の研究機関と連携をとりながら、品種改良を主とした研究が行われています。その中にヤムイモのチームもあり、東京農業大学と共同で研究が進められています。
(※1)CGIAR: the Consultative Group on International Agricultural Research
(※2)IITA :International Institute of Tropical Agriculture
ヤムイモに共生する菌と窒素の「助け合い」
本研究チームは、ヤムイモの生育を促進する細菌に注目して研究を積み重ねてきました。
植物の成長には、窒素・リン酸・カリなどの養分が必要です。中でも窒素は、植物の体をつくり、光合成を行うために欠かせません。
近年、ヤムイモは生育の過程で空気中の窒素を取り込んでいることが分かってきました。根の周りや内部にいる細菌が、空気中の窒素を植物が利用できる形に変え、ヤムイモへ供給しています。そのためヤムイモは、養分が十分ではない環境でも、細菌の助けを借りながら育つことができると考えられています。
こうした自然の働きを利用することで、より環境に負荷の少ない農法で、ヤムイモ栽培ができないかと研究が進められています。
人工的な窒素肥料の発明と負の側面
1906年にドイツの化学者、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが、空気中の窒素と水素を直接反応させてアンモニアを合成する、ハーバー・ボッシュ法を確立しました。「20世紀最大の発明」のひとつとされるこの方法が1913年に工業化されてからは、アンモニアを原料とする化学肥料が農業生産性を飛躍的に高めました。
そして、世界的に人口が増えていく中で、飢餓問題の解決の立役者となってきました。
一方で、負の側面もあります。アンモニアを生成する過程では天然ガスを使うため、その温室効果ガスの排出が気候変動に負の影響を与えます。また、化学肥料に頼った耕作を繰り返した場合、本来さまざまな生物が関係し合いながら、養分を植物が利用できる形に変換する過程が省かれ、結果として土壌が劣化し、生産量が減少してしまいます。そして、植物が吸収しきれなかった窒素は地下水、そして河川に流れます。それによって植物プランクトンが異常繁殖する、富栄養化という現象が起こります。それが水中の酸素が減少する赤潮を発生させ、魚介類の大量死を起こすなど、生物多様性の低下を引き起こします。
このような反省から、これからは環境に配慮した農業が求められています。ヤムイモの生育を促進する細菌を研究することで、環境に負荷がかからない新しい農法ができればと考えています。
研究が進んだその先に見える未来
現段階では、化学肥料を与えるとヤムイモと菌の共生関係が悪くなると考えられています。研究が進み、どの成長段階まで菌を活かし、どこから化学肥料を使えばよいかわかった場合には、化学肥料の使用を抑えた栽培することが可能になるかもしれません。また、品種によって空気中にある窒素の利用率に違いがあることがわかっていることから、細菌の力をより利用できる品種を作れる可能性もあります。
そうすれば、世界的に価格の高騰する化学肥料を買う量を抑えられ、小規模農家が肥料を買えず、栽培を続けられなくなる事態を防ぐことにもつながります。サハラ以南のアフリカでは小規模な農家が8〜9割を占めるため、化学肥料に依存しない栽培方法は今後より一層求められるでしょう。
18年前に「アフリカのイモ事情」でHFWがお伝えした、現地の食文化を尊重し、知見を生かしながら、その土地に合った農を支えることの大切さは、今もなお変わりません。そしてヤムイモ研究の先にある、飢餓の解決へとつながる可能性は、遠い話ではありません。
イモ類が主要な食料であるHFWの活動国ベナンでも、2025年に20年の活動を終了したドジ・バタ地区では、主に女性たちによるキャッサバの食品加工が行われるなどしました。世界各地で、女性が担う小規模農業が、イモの品種の多様性を支えてきました。イモの日をきっかけに、いつも食べている食材の背景や、その多様性に少し目を向けてみませんか。
ナイジェリアの農家と、収穫されたヤムイモ

皮をむき、蒸したヤムイモに、煮汁を加えながらついて餅状にするパウンデットヤム。筋肉と熟練の技が必要

パウンデットヤムに落花生ソースを添えて(ナイジェリア北部特有のソース)

一見ジャングルのように見える、ヤムイモの畑

パウンデットヤムに落花生ソースを添えて(ナイジェリア北部特有のソース)

ヤムイモから採取された菌たち

国際熱帯農業研究所 微生物学研究室の現地スタッフと
写真提供/樋水秀樹さん
「その土地に蓄積された知恵から学ぶ」
樋水(ひのみず)秀樹さん
2019年にザンビアへJICA協力隊の野菜栽培隊員として赴任。
コロナ禍により帰国後、2020年に地域おこし協力隊で福島県玉川村へ
農業支援隊員として現場経験を積む。
2022年に東京農業大学大学院、国際開発学専攻博士前期過程に進学。
2024年に同大学博士後期課程在学中。
これまでは資本主義に根ざした効率的に作物を栽培してきた時代でした。しかし、すでに自然環境の許容量を超えてきてしまったのではないでしょうか。同じ期間にひとつの作物だけを育てることは効率的に見えますが、それにより、一部の細菌や虫が好む環境が形成され、特定の病害虫の被害を引き起こすことがあります。伝統的な農業形態は非効率に見えても、長い目で見れば効率的だと思います。
「「世界食料デー」月間2022 プレイベント 第1回: フライドポテト不足から見える食料危機」の志和地先生の話のように、その土地には蓄積された、その地域の効率的なやり方が確立されています。それを崩すのは、ある意味では非効率です。
例えば、ナイジェリアの畑は、日本の畑の姿とは違い、一見ジャングルのように見える場合があります。ヤムイモ畑だとしてもキャッサバやマメ科作物も顔を出し、若木や枯れ木が点在しています。カオスで規則性がないように見えても、現地の農家にとっては、時間や空間の有効活用のためであったり、ヤムイモが光を受けるために最適な植え方であったり、天候リスクへのリスクヘッジであったり、そのほかに私たちには感じ取れない理由があるのだと思います。
また、ヤムイモ栽培では、焼畑後にマウント(山の形状をした畝)を作り、そこに種イモを植え付けます(カバー画像を参照)。この農法はヤムベルトにおいて、数百年単位で受け継がれたであろう農法です。マウントを作るにはすごく労力がかかりますが、それだけのことをする理由があると考えられます。教科書的には焼畑により表面の土に集まった栄養分を集めることで、大きく形が良いイモが取れることだけでなく、干ばつが来たときの緩衝作用があるなども考えることができます。なぜなら、これらの伝統農法は近代史の人類が経験したことがない、様々な苦難を乗り越えて継承されてきたものだからです。このような伝統農法を観察することで、現代の私たちが新たな気づきを得られる可能性は高いと考えています。
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